福島地方裁判所白河支部 昭和33年(わ)95号 判決 1960年2月24日
被告人 吉田稔
昭一〇・九・六生 中学校教諭
主文
被告人を禁錮二月に処する。
ただし、本裁判確定の日から、一年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和三一年四月一日福島県西白河郡大信村所在大信村立隅戸小学校教諭に任命され、本件当時福島県教職員組合の中央委員、西白河支部隅戸小学校分会職場委員長および矢吹地区教文部長として、その組合活動に従事していたものである。ところで、右教職員組合は、昭和三三年四月三〇日福島県教育委員会が福島県立学校職員の勤務成績の評定に関する規則および福島県市町村立学校職員の勤務成績の評定に関する規則を制定公布して同日これを施行し、ついで、同年五月二一日同教育委員会教育長が右各規則による勤務評定実施要領の通達をなし、いわゆる教職員に対する勤務成績の評定を行うこととしたのに反対し、昭和三四年九月七、八日両日の同教職員組合第二五回大会において、右のいわゆる勤務評定の実施に対する反対闘争の一環として、同月一五日組合員全員が有給休暇をとつた上、同日午前一〇時から、白河市第一小学校において、勤務条件に関する措置要求大会を開催し、福島県人事委員会に対し前記勤務成績の評定に関する規則および同実施要領の各取消の勧告をすべきことの要求ならびに福島県においてとられている教職員の昇給期間延伸措置の復元要求をすることを決議した。そこで被告人は、組合員の右大会当日の有給休暇につき承認を得るため、同月一四日から大信村教育委員会との交渉に出席し、ようやく翌一五日午前五時頃に至り、同日の隅戸小学校における授業は、二校時までで打ち切り、その後の授業は、他日に振り替えるむねの同委員会の承認を得たので、同日午前六時二〇分頃隅戸小学校に登校し、同校職員事務室において、同校教諭田中宣子(当時三三年)に対し、村教育委員会と交渉の結果同日は二校時で授業を中止し、白河市で行われる組合大会に参加することになつたむねを告げ、さらにまだ登校していなかつた他の教員にも同様の伝達をした後、午前七時四五分過ぎ頃同事務室において、ふたたび同女に対し「先刻の話だが、行つてもらえるか。」と尋ねたところ、「重大なことだから、校長先生が来るなり、何か連絡が来るのを待つて、決めたい。」と答えたので、同女が被告人の言を信用せずかつ組合活動に非協力的であると憤慨して、「そんなに、おれのいうことが信用できないのか。校長のいうことでないと信用できないのか。人を侮辱している。」と難詰し、両者押問答しているうち、午前八時頃になつたので、同女が同小学校で実施していた授業開始前午前八時から午前八時一五分までの児童の自習および教室内の清掃の指導監督をするため、被告人にかまわず同事務室を出て、その担任の一、二学年教室に入り、児童に向い「一年生は、自習、二年生は、掃除をしませう。」といつて指示し、同教室東南隅近くにある同女の事務机に向い、腰をおろしたところ、被告人もそのあとを追つて同教室に入り、同女に対し「まだ、話が終つていない。」と語気強くいつて迫り、「生徒が見ていますから、やめて下さい。」といつて制止する同女の右手首を右手でつかみ、無理に教室外に連れ出そうとして引つ張り、そのため同女がいすとともに床に倒れたのを、なおもその手首をつかんだまま廊下に連れ出し、さらにその手を引つ張つて、廊下を東方に約六メートル隔たつた同校資料室に連れ込むなどの暴行を加え、もつて、同女の職務の執行を妨害したものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は、刑法第九五条第一項に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期範囲内で、被告人を禁錮二月に処し、なお、情状に照らして、刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第一項により、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、全部被告人の負担とする。
弁護人らの主張に対する判断
(1) 弁護人らは、田中宣子の児童の自習、清掃に対する指導監督が公務であることを争うが、本来小学校教諭は、児童の教育をつかさどる職員であり(学校教育法第二八条第四号)、教育の目的は、人格の完成をめざし、平和的な国家および社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期することにある(教育基本法第一条)のであつて、隅戸小学校において実施されていた朝の清掃および自習は、前掲証拠によれば、前示教育の目的達成に役立たせるため、これを通じて、児童の心身の健全な発達を図るとともに、学校生活の充実と発展に資する教育活動の一環として、学校が計画し実施していたものであると認められるから、学校教育法施行規則第二四条第一項に定める小学校の教育課程に属するものというべく、教諭がこれを指導監督することは、その地位に伴う当然の職責であり、すでに、教室において平常どおり児童に指示を与えてこれを開始した以上、所定の時間より多少前後することがあつても、公務員が職務の執行に着手したものというべきである。
(2) つぎに弁護人らは、被告人の本件所為は正当行為として、ないしは、超法規的に違法性を阻却するむね種々主張するが、被告人の本件所為には、福島県教職員組合の勤務成績評定の実施等に対する反対闘争に関連し、組合役員である被告人が組合の統一行動に非協力的な田中宣子の態度に憤慨して行つた面もあるが、組合員間の説得行為といえども、そのとるべき手段方法には自ら限界があるのであつて、すでに公務に着手した者に対しその意に反して前認定のような所為に出ることは、組合の団結統制力の行使としても正当なものとは到底認め難く、本件がいわゆる抵抗権の行使であるとの主張も独自の見解に過ぎず、その他違法性阻却事由に当る事情が存するものとはいえないから、弁護人らの主張はいずれも採用しない。
なお、本件公訴事実中、被告人が資料室において、田中宣子の前胸部を手けんで突いたとの点については、証拠が十分でないので認定しない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎益男 小林信次 菅本宣太郎)